ここはディシート。 1年中、雪の降り積もる島。 銀行も無い。宿屋も無い。 転移魔法か船でなければ訪れることが出来ない最果ての島。 あたいがこの島に住むようになって、もう3年が過ぎた。 今日はお客さんが来ている。 いつもより暖房を効かせ、 暖かいミルクの入ったマグカップを2つ、テーブルに置いた。 ほのかにミルクの香りが漂う。 向かい側ではMizuki隊員が熱心に本を読んでいる。 あたいが椅子に腰を下ろすと、 少し硬い木の椅子がミシッと音を立てた。 「あ、いただきます。」 我に返ったMizuki隊員は、 読んでいた本をテーブルに置き、 目の前のマグカップに手を伸ばした。 「勉強熱心だね。」 あたいが冷やかすと、 両手でマグカップを包みながら、 Mizuki隊員は少し恥ずかしそうに微笑んだ。 テーブルに置かれた本、それは、 あたいの日記帳である。 日記とは普通、他人に見せない物であるが、 あたいの場合は、日々の出来事を忘れないように記録しているだけなので、 家に来る隊員たちには自由に読んでもらっている。 調教師を目指し始めた頃のこと。 多くの生物たちとの交流。 任務を成し遂げた隊員たちの誇らしげな姿。 入隊して間もないMizuki隊員には新鮮に映るのかもしれない。 しばらくの沈黙の後、 Mizuki隊員が口を開いた。 「隊長。白熊部隊はこの後どうなったんですか?」 思わずミルクを飲む手を止め、あたいは窓の外に目をやった。 外はいつもと変わらない見慣れた銀世界。 アザラシや雪豹が遠くに見える。そして白熊の群れも。 白熊部隊か・・・ もう何年も前のことである。 白熊たちを集めて古代龍に挑んだことがあった。 最初は無謀だとも思えたが、 68匹の白熊たちの意外なチームワーク、 残像攻撃により、みごと古代龍に勝利した。 しかし、調子に乗って再び戦いを挑んだのが失敗であった。 その頃、トラメルでの仕様の変化を受け、 互いに重なることを禁じられた白熊部隊。 得意の残像攻撃を封じられ、 54匹すべてが古代龍の餌食になった・・・ ここまではMizuki隊員が読んでいた日記帳に記されている。 問題は、その後のことだ。 その後、古代龍への3度目の挑戦を考えたこともあった。 しかし、今度は今まででもっとも重いハンデ、 ペットのスロット制が導入される。 1人の隊員が指揮できる白熊は5匹まで。 勝てっこない。 繰り返し導入される調教師への制約。 力を失った白熊部隊。 そしてあたいは、逃げた。 過去の栄光をこれ以上傷つけるのが怖かった。 2度目は完敗だったが、最初の戦いでは勝ったじゃないか。 白熊部隊は古代龍に勝った。それは事実なのだ。 それで充分じゃないか・・・ こうしてあたいは白熊部隊を封印したのだ。 「隊長、やりましょうよ。」 Mizuki隊員の言葉に思わず鼓動が早くなる。 この言葉をあたいは待っていたのかもしれない。 けじめをつけるチャンスを。 白熊たちの無念の声が聞こえる。 負けたままで終わりたくない。 もう1度戦わせてくれ。 あたいの日記によって美化され、 伝説化されてしまった白熊部隊。 再び結成するからには敗北は許されない。 勇敢に戦った白熊たちの伝説をこれ以上汚すわけにはいかない。 それでもやろうと言うのか。 「仲間を集めればきっと勝てます!」 Mizuki隊員の目は輝いていた。 そうか。そうだったんだ。 あたいは目が覚めたような気がした。 長く生活していると、人は安全な冒険しかしなくなる。 危険を避け、「狩り」と称して弱者を虐殺し、稼ぎを得る。 生活は裕福になり、身なりは良くなるだろう。 しかし、あたいは忘れていた。 本当の冒険とは何か。 未知への挑戦。 形の無い報酬。 白熊たちよ。もういちど力を貸してほしい。 あたいに再び夢を見させてくれないか。 その日の夜、 あたいはブリタニア各地に散らばる隊員達に伝令を飛ばした。 白熊部隊再結成。打倒古代龍。 それこそ、2年ぶりの任務である。 冗談だと思う隊員もいるだろう。 待ってましたと駆けつけてくれる隊員もいるだろう。 今回だけは人数が必要だ。 みんな来てくれるだろうか。 窓の外の白熊を見ながら、 あたいは妙に感慨深い気持ちになった。 白熊部隊の隊長か。2年ぶりだな。 久々に暴れてやるか。 |